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#08 印刷技術と職人技を掛け合わせ、新境地を切り開く KUTANism全体監修・秋元雄史が自ら現場に足を運び、ナビゲーターと対談をするなかで九谷焼を再発見していく連載シリーズ「秋元雄史がゆく、九谷焼の物語」。ここまで作家や職人たちの技や技の受け継がれ方に注目してきましたが、第8話と9話では「産業と九谷」をテーマに、産業の面から九谷焼を支えている企業を訪れます。今回伺ったのは、転写技術で業界をけん引する能美市の「青郊」です。

大正初期に開業し、創業者の代から一貫して和絵の具の研究に取り組んできた青郊。古九谷を写した「名品豆皿」シリーズを手掛け、手頃な価格で九谷焼の名品に親しむきっかけを創出しただけでなく、企業やメーカーとの様々なコラボレーションにも積極的に取り組み、九谷焼の新たなファンを獲得。比較的、量産品や廉価品といったイメージを持たれることの多い転写技法ですが、地道な経営努力により他にはないクオリティや付加価値をもった製品を生み出しています。三代目社長を務め、日々商品開発と技術革新に励む北野啓太さんに話をお聞きしました。

九谷焼にこだわり、ニッチであることを売りとして産業を支える

秋元:
最初にショールームに入ったときに、ずらりと並んだ商品を見て、九谷焼の普段見慣れている形とは違い、ずいぶん新しくて今っぽいデザインのように感じました。思った以上に九谷焼が新しいものに見えるなあと思って。
北野:
やっぱりデザインは悩みますね。何が難しいって、私たちが作っているのは作家物ではなく商業製品なので、売り場でお客様に商品が持つストーリーを説明することはできないというところなんです。例えば工芸作家の作品であれば、販売する側も丁寧に説明してくれると思いますが、1枚1000円の豆皿はそれができないんです。じゃあ、どうやったら九谷焼であることを訴求できるかと考えたときに、本当は必要じゃないけれど、古九谷の柄を20種類作れば、陳列コーナーを見て九谷焼と認識してもらえるんじゃないかとか、市場で消費者に理解してもらえるような展開を作家とはまた別の形で工夫しています。
秋元:
それはすごく面白い取り組みですね。私はショールームで思わず写真を撮ってしまったのですが、青郊さんの商品は、並んだときの集合体としての説得力があるように感じました。特に古九谷が持つクオリティの高さやブランド力といったものを、ストーリーも含めて上手く訴えかけるようなラインナップにしていらっしゃるというか、プロデュースに力を入れている印象を受けましたね。
北野:
うちはメーカーなので、トライアンドエラーの繰り返しですけどね笑。
秋元:
生産には大変な苦労や手間がかかっていらっしゃいますが、商品をパッと見たときに「苦労してます」みたいなものが見えないのがすごいと思います。すごくスッキリしているというか。
北野:
原稿は全て手描きしているのですが、構成上、あえて転写っぽくしているところは結構あります。例えば石畳の柄や古九谷の鶴の柄などは、実際はもっと線が歪んだり泳いだりしているんですね。でもうちの場合は、古九谷の写しといえば写しなんだけど、単純に古九谷が持つ意匠の美しさを訴求したいと考えているので、あえて印刷に寄せて作っています。同じような理由で、OEMの仕事もデザインを先方に丸投げすることはほとんどなくて、9割方はうちで構成させていただいています。そうでないと九谷焼らしさを保てなくなってしまうんです。
秋元:
なるほど、あくまでも九谷焼の良さを伝えていきたいということですね。本日工房を見学しながら色々と説明をお聞きして、転写が一種の現代の技法として機能しているように感じました。
北野:
日の目を見られたのは本当にここ数年です。これまではどちらかというと産地の中で亜流的な捉え方をされてきたといいますか、僕はそれに対して負い目を感じることも、これで食べていけるのかという不安を感じることもありました。一方で産地として考えたときに、やっぱり産業の部分がないといけないと思ったんです。
秋元:
産地を維持・発展するためには、やはりアート工芸だけでは難しいですよね。まず産業という基盤があり付加価値としてアート工芸があるというような形で、両輪でやっていくことが大切だと思います。
北野:
九谷はまだ恵まれていると思います。ニッチな産業ではあるけど、ここまでアイデンティティがはっきりしているところは他の産地にありませんので。弊社も転写で量産する方法ではありますが、あくまでニッチであることが売りなんだということを意識しながら規模を大きくすることを目的とせず、事業を続けていくことが大切だと考えています。
秋元:
そうですね。産業規模を大きくしてマスに向けた無色透明なブランディングしていくよりも、九谷焼にこだわって「ここでしか買えないもの」を作っていった方が生き残っていけるのだろうと思います。
北野:
転写という手法を取っている以上、どうしてもデザイン的に妥協しなくてはならない部分はありますし、自分でプロダクトをする面白さがある一方で、絵柄やデザインが自分の好みに合っているかと言えばそうではない部分もあります。産業の場合は、市場や潮流など色々なものを見て総合的に判断しながらやっていくことが必要です。だけど、製品化へのアクセスは作家と違いますが、妥協したものを作りたくないという部分では僕たちも一緒なんです。

この回のまとめ

九谷焼というと芸術面だけで語られがちだが、それも含めて、産地としての生産規模をある程度維持していくためには産業面での強さがなければならない。ある程度の産業規模がなければ、産地は力を失い生産そのものが維持できなくなってしまう。そのためには自立した企業の存在が必要だ。北野さんの話をお聞きし、伝統産業といえるものでもイノベーションが必要であり、その大小に関わらず日々の工夫が必要なのだと実感した。工芸はテクノロジーであり、だからこそ時代に合ったイノベーションが必要なのである。他の産業と同様、日々の革新が製品への信頼やオリジナリティを生み、またOEMの仕事やデザイナーとのコレボレーションが生まれる。時代を生き抜く価値をどこに置き、それを実現するためのものづくりに励むという基本中の基本を「青郊」は体現していた。